今年も友人M氏より伊予柑10キロが届く。彼からの伊予柑でジャムを作るようになってどれ位になるであろうか。
初めは何もわからず、果皮の内側の柔らかい部分を蜜柑の渋皮と判断し、できる限り削いでいた。テレビ情報で、砂糖の量は25パーセントというだけは知っていた。
妻にそのまま食べられるジャムが良いと言われ、20%で作ってみた。表皮と果肉だけなのでさっぱりとしたジャムとの印象だったことは覚えている。そのまま食べられるジャムではあったがジャムの酷、ねっとり感は乏しいものであった。
その後は学習をし、ジャムらしくなってきた。今年は6瓶できたが、すでに行き先が予約され、画像には3瓶しかない。
]]>今年は、冬に好天が多い。今日はきっと飯豊山が雪に覆われた姿で見えるだろうと思いながら、所用で喜多方に行く。思った通り、画像のように雪をたっぷりと抱く山容が、陽光に照らされながらやさしく微笑んでいるように思える。
この雪が山麓地域の農業用水、生活用水として住民の生活を支える。
春を間もなく迎える人々の目に映る飯豊山の姿は、生活を保障してくれる安心の姿に違いない。「有難い」の言葉が思わずとも口の端に登る存在だと思った。
]]>今年も友人Y氏から、画像の轆轤挽きの干支人形が届いた。彼曰く、初めは、勇猛な龍のイメージで作ったそうだ。そうしたら今回の能登沖地震。
辛い時を和ませるような顔にしようと作り直して、この顔になったとのこと。彼の心根の優しさに頂いた私も心が和む。
画像では見えないが、竜の体が2本の線で表現されてある。その発想は私にはない。私はきっと、体表の鱗模様を三角でいくつも掘ったであろうと思う。私は人間が諄いのだ、とつくづく思う。
]]>何故か理由があるわけではないのだが、いつからか絨毯が好きになった。投下労働量がとてつもなく多いので当然高価格なので買うことのできないのだが、ペルシャ絨毯の上を歩いてみたいと思う気持ちは今もある。郡山のデパートに絨毯売り場がある。買わない、買えないのだから売り場に行くのは恥ずかしいのだが、時々行ってしまう。
先日も行ってしまい、四百数十万のシルクのペルシャ絨毯に見入ったしまう。数年がかりの制作時間だから当然。窓枠をモチーフにした色数の多いものであった。その傍に画像の珍しく平織のペルシャが在った。「もしかしたらこれなら買えるかも」「お幾らですか」、「七万七千円ですね」。少しためらっていると、「正月ですから少し値引きしますよ」との声に、購入決定。
といううことで、彼は我が家の一員になりました。
]]>降雪間際に慌てて切ったせいか、すっかり忘れていたオレガノを容器に収納。人それぞれに物忘れ防止の技があるらしい。我妻は何でもメモ帳に書き、資料は貼り付ける。そのため、1年経つと、メモ帳は5倍くらいの厚さになる。私は彼女に任せきり。物忘れの技は持っていない。昔大切なことは、ジーパンにボールペンで書いたりはした。メモ帳は持っていないので。
そのため、今回のように慌てて切ったと言い訳をする羽目になる。でも、我が家のトマトソースにとってオレガノは大切なもの。これでこれからも変わらぬトマトソースができるであろう。めでたしめでたし。物忘れ防止の技の獲得が迫られているのだろうか。
]]>今年も肩ロースでベーコンを作った。ソミュール液に今年は10日以上漬けた。昨年味が薄かったことの反省。玉ねぎが少し崩れて位が良いとの情報もあったので長くはしたが腐敗も心配。
味ののりと腐敗のせめぎあいで12日で止めた。結果としてはもう少しと思うが、昨年よりはちょっと満足。お客様には6ミリ位のスライスをソテーして、スクランブルエッグとともに供した。残らなかったので、良しとする。その後、自分も食べたが、卵の塩加減を控え目にすればベーコンの味と、スモーク臭とのマッチングが良いと思えた。
端と形の悪い部位は焼き飯にした。今度はポトフだろうか。「ありきたりで楽しくないかな」。」
]]>先日に続いてジャムを作る。画像は似ているがサンフジのジャム。果皮を煮て色を付けた。見た目はルクルチェと変わらないが、果肉は全くの別物であることが当然だが楽しいと思う。
冬はジャムとなる素材が乏しいので、暫く休みの予定。前は、金柑、ゆずのジャムを作ったが今はその気になれない。思い出ジャムということになっている。
]]>11月雪にあたふたとして、やっと先日ジャムの材料を買いに行った。昨年はリンゴのジャムだけであったが、今回はル クルチェのジャムも。毎年新潟の知り合いが、これを送ってくれる。私の中では、この知り合いに似て、自己主張は控えめで、つかみどころは無いが、芯の在るエレガントさが好きだ。
ということで、今回は、隣、米沢の生産者の直売所で求めた。時期を少し外したのか、8キロしかない。果皮と芯を除いて、グラニュー糖で画像の瓶4本出来上がった。元は象牙色の果肉であったが、煮ているとグラニュー糖と反応してか、曙色になる。晩秋の夜明けを詰め込んだジャムなのだというと、「じじーが気持ち悪い」と言われるのだ。でもジャムはうまい。
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今年も秋に金峯山寺に行った。蔵王権現は今年は、ただ静かに見つめるだけで何も語り掛けない。こちらの気持ちも落ち着いたということだろう。鈩製鉄の関心も今年、なぜ炉を粘土で作り、毎回壊すのか、炉の下に排水、水の侵入を防ぐたくさんの仕掛けあるのかの疑問が今回解決した。日刀保の鈩製鉄は見ることは出来ないが、雲南市吉田町で小規模のものは見学の可能性があることが分かったのでそれが出来たらよいということにする。
これで暇になると思ったら、毎日新聞で連載された「芭蕉の風景」という読み物から、自らも芭蕉の紀行文の歌碑を訪ねてみたくなった。今回は、生誕地伊賀上野、彼が眠る義仲寺を訪ねた。伊賀上野は伊賀焼に興味が在った時に何度も訪ねている。芭蕉の生誕地ということは知っていたがそれ以上ではなかった。義仲寺の事は知らず初めての訪問。実は義仲も大好きであったので両方楽しみ。義仲の宝塔型の墓石は立派なものだが、サイズが小ぶりで私の中の義仲にピッタリ。芭蕉の墓石は自然石のさり気ないもので、本人には責任は無いがやらせ感を感じる。
画像の石畳は義仲と芭蕉の墓石の前のもの。ここだけ二人が愛されている感じがしてよかった。再来したい場所だろうと思える。もう一つの画像は椎の実。石山寺の奥にある芭蕉が8か月暮らした「幻住庵」の周りで拾った。私が子供のころ食べた椎の実とは種類が違う。芭蕉が食べたかは別にして、つい拾って手にしたくなる形とサイズだった。
心も体も疲れがたまっていたが、少しずつ溶けてきたので、こんなもの書いている。
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ツルウメモドの果実の薄い外皮がはじけて、橙色の種子が顔を出した。わが妻殿は、これでリースを作るのを
毎年の楽しみにしていた。採れる場所があまりわからず、毎年苦労をした思い出がある。二人で崖を登ったり、フェンスを越えたり、所謂愛の共同作業をしていた。今は、集落の共同墓地の手前に画像のように、太いつるがカラマツに巻き付き、難なく採集できる。
画像のように、はじけてからでは、リースにすると実が落ちてしまうので、開く前にが肝心。
進展のない、同じことの繰り返し。年を老いたということだろう。数年後には、繰り返すことも叶わなくなる。でも、来月から、スポーツジムに通うのだ。
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新じゃがは春でしょう。確かに3月下旬に、種子島から始まり、我が故郷関東では、6月が新じゃがの季節であったと思う。
南北に長い国土の日本は、花の開花や、農作物の収穫時期が異なる。そこで、何とか前線という言い方がある。桜の開花時期などが典型であろうか。だから、ジャガイモ前線は、裏磐梯は9月。トウモロコシ前線は九月下旬なのだ。
真実を証明するために画像を見て欲しい。画像奥の黄色い花は、背丈は低いが、ハンゴンソウ、秋に開花する。春の新じゃがより川は厚く、水分量は少なく、新じゃがっぽくは無いのだが、香りは初々しい新の匂いがする。
ご近所のおばさんが、毎年くれる。大変に有難い。この方の炭酸饅頭もすこぶる美味なのだが、それはもらえない。ちょっと、嫌、大変に図々しい。失礼しました。
]]>画像は発酵熟成中の味噌桶のアップ。何となく丸く見えるのが桶の内壁。白いのは重し。その間に粒が浮いて、黒い液体があるのが分かるだろうか。
いつも味噌は11月に仕込んで、3年目の11月に食べ始める。今年は、11月に丸四年を迎えるものが残っていた。それを開封すると、画像のように大量の溜まりがあった。いつもは深さ2センチくらいの量だが、これは優に5センチを超える。指先で、ちょっと舐めると、甘味が最初に来た。もう一度溜まりを大豆と混ぜて、すりつぶして、味噌にすると、色が、白みそのように白く、甘味、旨味の濃い味を感じた。麴と塩と大豆だけで、でんぷんが糖に変わったり、アミノ酸にも変わるのか?
発酵はすごい。丸4年という時間経過が知らない世界へ連れてきてくれた。
]]>あまりにも、将に、本当に、へえ〜いろいろ考えたが、語彙の少なすぎる私の頭には、納得のいく言葉は出ない。
何年もトリカブトは見てきたが、この画像のように、兜という喩えが相応しいと思ったことは無く、暫く見とれていた。
植物の名には、本人には気の毒のような、失礼な命名が少なからずあると思うが、美しくふさわしい命名だと頷きたい。
有毒植物なので、人に愛でられることは少ないが、なかなか・・・・だと思う。
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7月に偶然訪れた岩手町で出会った名前は忘れたが、きっとフルーツケーキ。気に入ったので再現した。納得できたので、今後我が家のメニューにと思う。
私は、適当なジャムを入れていたが、オレンジマーマレードが良いらしい。伊予柑や、河内晩柑では何度か作っているが、オレンジは初めて。量が分からないので、1ケース頼んだら、なんと10キロ超ある。
仕方なく、丸1日費やして画像の量のものができた。果皮の色、渋皮の厚さからは塑像できない程、苦みは無い。画像の色とは違い、結構あっさりとした、味と食感に満足。しかし、ケーキの量にしては多いので、朝のジャムにも使うことにする。
]]>画像のようにシュウメイギクも咲きました。フジバカマにアサギマダラも遣って来ました。画像には」ありませんが、空にはイワシ雲もも現れ、周囲の状況は、全て秋です。
でも気温は、30℃ほどです。すると積乱雲も出現することもあり、いまだ夏は居座ったままです。先日、茨城の友人から新米を頂いたが、今年は雨が少なく、本来透明であるはずの米が、白化したものが多く混じっていると言っていた。この異常とも思える気候が、今年一年で終息すると良いのだがと思う。
]]>今年は、桃のジャムを作る機会が無く夏が終わる。秋用の無花果のジャムも無い。そこで、画像のプラムのジャムを作ることにした。果汁が出やすいように少しカットして、25パーセントの砂糖を入れて加熱するだけの簡単なジャム。果皮は煮ている間に溶けるし、種から凝固物質もたくさん出るので冷めてから種を取るだけで良い。
しかし手強い場合がある。ものによって、酸味の強いものができた場合。砂糖を足しても酸味が和らぐわけではない。酸を和らげる必要がある。あるものを投入するのだが、それについては、確証が無いので裏ワザということにしている。
なお、砂糖はグラニュー糖よりも、上白糖の方が良いと思う。意外と食味はサラッとしているので、少し甘味が纏わりついた方が良いと思うのだ。
今回酸味が強く、ある物の世話になった。酸味が強かった分、奥深い味に仕上がったようだ。後は、無花果のジャムを作る予定。これは、あの薄い果皮を剝かなくてはならない。「旨いものの為に前進あるのみ」と、少し鼻がふくらんだ。
]]>友人F氏から新米が届いた。彼の住む地域は治水工事が行われる前の利根川が何度も流れを変えた地域で、耕作地の表土の下は水はけのよい砂で、そこで穫れる米はスペシャルである。そんな米を直接手にする術を持たないわが身には、有難い贈り物だ。米がうまければ菜は何でもよいのだが、初めは、少し考えたい。妻の好物、中トロなら間違いないだろう。信頼のおける魚屋さんがやめたので素人には熟成の分からないものを買うしかない。くじを引くようなものだ。「米がうまけりゃ問題なし」。
私の地域では来月下旬が始まりだろう。日本列島作物の収穫時期、種類、そして味も様々で沢山のものが味わえるのは楽しい。近年の気象変動はこの楽しみを奪いそうだ。そんなことよりも、営々と蓄積されてきた技術、経験が大きく損なわれえることになる農家の方々の苦労は幾何たるものかと考えると辛い。食はそんなことも考えなくてはならない。来年この物が、この味が再生される保証はない時代がやってきた。
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7月に画像のひつじのショーン展に郡山市立美術館に行った。年齢制限ありかと心配しながら隠れるように見る。年齢制限は無かったが、30代以上のj女性が大半。男は、私と、奥様にお供で付いてきた旦那が1名という状況。ÑHk3チャンネルの子供向けの番組という括りの放映だったと思うので当然の帰結だろう。
私のぼろぼろの今にも切れそうな心の糸はイギリスの垢抜けしきれないユーモアに共振する。技術的に見たら日本の方がはるかに完璧で、お洒落であるが、イギリスのものは、ちょっとだけ泥臭いのが良い。
先日、画像のトイレットペーパーを発見。躊躇い無く手に取る。全部買い占めようかとも思う。「はしゃぐのは程々にね。」との天の声に我に返る。おとなしく一つ購入。
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先週、実家の両親の墓参に行った。仕事柄お盆には行けないので、福島の桃、アカツキが最盛期の時に手土産にすることにしている。動体視力が衰えたのか、できれば高速には乗らない。今回も信号の少ない那珂川沿いのルートで行った。今まで全く気付かなかったが、途中、温泉神社というところに、画像の茅野輪が在った。1年のちょうど中間、7月1日に、後半半年の無病息災を願い、夏の祓として、茅で作った茅野輪を8の字に潜り神社を参拝し、帰りは潜らずに輪の茅を少し頂いて帰るという神社行事であるらしい。わが郷里の氏神様、近津神社にはこの行事はなかったので、幼少のころは知らなかった.
若いときに旅先で経験して、今も記憶にある。今朝の食事の内容は記憶にないのに、古いことはよく覚えていると自分に感心。
皆さん、初詣だけでは足らないようです。夏の祓もして1年の息災に備えてはいかが。でも今年は終わりましたかね。
]]>今年数年ぶりに春に女郎花と桔梗の苗を植えた。肥料が多く茎が徒長したが花が開花。この時期に秋に愛でるべきものがちょっと早過ぎの感。我が家に近所に一軒女郎花の開花するお宅があるが、そちらでは、まだ蕾も見られない。我が家のものはせっかちなのだろうか。やはり肥料が多すぎたのだろうということにする。
桔梗をアップで撮ったが蟻の火吹きは見られない。蟻よ早く来いと願う。それと今晩夜は涼しいのでシーツをはがした。すると窓ガラスに蛍が1匹点灯をしている。やはり季節がへんてこりん。ごちゃまぜだ。
]]>画像の花は、タマガワホトトギスです。元は川の対岸に在った。それがこちら側にやって来て、以来数年は川を挟んで往来を繰り返した。ここ数年はこちら側で個体数を増やしている。
これだけ個体が増えると、相当数の種をいろいろの方向に飛ばしているはずなのに、我が家が気に入ったのかと思いたくなる。それとも種を飛ばす元気が無くいなったのだろうか。
今年はヤマシャクヤクの繁殖地を席巻しそうな勢い。うまく折り合いをつけてくれるとよいのだが。
それにしても花を愛でる時間なんてものが少しあるのが良いのだが、意識してそんな時を作る生活はない貧しい奴です。
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先週、秋田駒ケ岳に行った。しかし、豪雨のため断念。仕方なく周辺観光に切り替える。渋民村の表示が在ったので、石川啄木を想起したら、記念館の表示もあったのでし数個の表示を頼りに到着。工事のためしばらく閉館。事前表示にうたってくれていたら無駄足にならなかった。さすがお役所仕事。
昼食場所を道の駅にした。やはり袋の味。期待はしてなかったが、施設の従業員の対応はマニュアルではない、ハッキリ明晰な清潔感にあふれ、動きも爽やか。思わずがなデザートまで注文のはめに。翌日帰りに前沢のサービスエリアでコーヒーを飲んだ。レジでカップを買って、セルフでというやつ。あまり経験はないが、カップの蓋がうまくできない。すると先ほどのレジの女性がやって来て蓋をしてくれる。高々170円のコーヒーに申し訳なく思い、画像のものを購入。遮光器土偶に目が無いのも理由ではあるが。
おそらく私が今回出会った2人の女性はパートであろう。自らに矜持をもっているのが清々しい。今回の旅は〇です。
来年に備えて、筋力アップをしなければと、帰路決意する。「痩せればいいんだよ。」と、天の声。
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やっと先日自転車のヘルメットを買う気になった。できるだけ目立たないものを買ったっつもり。乗り出してすぐ、モリアオガエルの卵塊がどうなったか気になり覗くと小さくなっていたので、孵化したのだろう。オタマジャクシを見たいと思ったが草が茂り確認不能。諦めて、曽原湖畔まで来るとテッペンカケタカが盛んに鳴いている。鳴き声に元気を貰い、桧原湖畔を順調にペダルをこぐ。
下り坂をゆっくりと惰性に任せていると、画像のエゾアジサイが覇を競うかのように沢山咲いている。この疎らな装飾花を持つ彼らの佇まいが、複数枚のつけまつ毛とマスカラべったりの化粧に麻痺しつつあるわが身には新鮮に思える。ヨツバヒヨドリも咲きだした。そういえば数日前に、我が家にアサギマダラ1頭飛んでいた。私の中の初夏はほぼ勢揃いかも。
過ってはこの時期、花目当ての登山をしていた。今年はそれを再開しようと思う。ご近所のHさんの奥様ご推奨の秋田駒ヶ岳のコマクサを来週見に行くつもり。
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スギナに負けずにいっぱいの実をつけた野イチゴ、いつもは開花しない内に虫にやられてしまうシモツケ今年は立派に開花。何年ぶりに花を見たろうか。そして猪苗代の電線にもチョウゲンボウが戻ってきた。ほかに少し小さい個体も2羽いたので子供かも。そして先日のカラーが見事な花を1輪っぱい
思いもしない出来事が、日々の生活を少しウキウキさせてくれる。こんな日もあっていいよね。
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昨年知人からプランターに植えたカラーを貰った。好きな花なので来年もと思ったが、地植えの場所は無い。
地下茎が凍らなければと思い、土のところをもみ殻で覆い、底と、上部を発泡スチロールで挟み、3重の段ボウルの箱に入れ、物置の中央に置いて、冬を越した。冬の間の食糧が、来年の種芋が凍らないように祈り日々を過ごして居たであろう縄文人の心境に近い。
大丈夫か不安で覗いてみたい気持ちもあったが、怖くて気温の安定する4月中旬まで開けずに置いた。もみ殻を除去し、十分に冠水して、ひたすら待つ。
5月中旬に芽が出たときの感動は誰かに見られたらかなり恥ずかしいと思う。日々成長を遂げ、花芽まで顔を出した。開花はいつかワクワクするが、植物の生命力に感動。来年もと勝手に思いを馳せている・・・・・・うれしくて。
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初夏の楽しみの一つ、マタタビの花の確認。葉裏に隠れて、しかも小さいので、愛でるより、確認が行為としては近い。昔は、左の画像の桑の実の収穫、ジャム作りというのもあったが、今は手に余るのでしてはいない。
マタタビも蕾、桑の実も未熟、人に例えると、何歳なんてことをやると、怪しい奴になってしまうご時世なので、却下。
マタタビは、小花を葉裏に隠し、何割かの葉を画像のように白くして、花の開花を知らせる。すこぶる面倒な手続きを受粉に掛ける。受粉の確立、エネルギーの消費ということを考えたときにどうなのかと考える。この時期に開花しているものがたくさんあると、他のものと同じ方法では受粉の確立は下がるということか。種の保存ということは生物にとって大命題ではあるが、とにかく苦労するということなのだろう。高等らしい人という生物は、種の保存には懸命でない様だが。
葉裏に姿を潜める白色の小花。愛らしい、深窓の令嬢なんて気もして、葉裏を覗く自分が少し恥ずかしくもあったが、そういう行為に誘う小さいけれども肉厚の花弁こそ、肉感的で淫靡な小悪魔な花なのかもしれない。惑わされた虫たちよ、「虜になって受粉に励め」と、花が言っていました。
面倒な
]]>所用で喜多方に行った。家を出てすぐ画像のアヤメに目が留まる。でもその奥のものが気になり車を降りる。画像中奥の塊、モリアオガエルの卵塊だと思う。長年住んでいるが、こんな近くにとは。孵化して、湿原に落ちる姿をぜひ見てみたい。塊はまだ固いのでしばらく後になりそう。
もう一つの驚きは、喜多方、関柴の「中善寺」に、鎌倉期に作られた薬師如来がある。保存のため耐火の建物に収納されているので普段は見ることができない。前に行った時のアリジゴクはどうなったかと行ってみた。すると、会津若松市の団体が手続きを取って見学に来ていた。便乗して拝観を果たした。小顔の扁平な優しいお顔。薬師様らしいかもしれない。脇侍、」十二神将は江戸期の作とのこと。十二神将の衣装、フォルムは大業だが、お顔はすこぶる優しい。新薬師寺の十二神将が有名で、中学生の時感動した思い出はあるが、中善寺のも、とても良いと思う。
驚き、感動てんこ盛り。
]]>
先日、醤油を買いに小豆島に行った。尾崎放哉終焉の地でもあるので記念館も訪ねた。その後、たたら製鉄の炉を見たくて、奥出雲町を訪ねる。情報収集がいい加減で、目的は達成できず。でも、資料を求めて訪ねた、本屋さんの方、教育委員会の方親切な対応に心がほどけた。さらにさらに、ここは木次線の通っている所。画像は順に、めんどくさい気分をちょっと緩めて、対応してくれた横田駅で電車を待つK君、ディーゼル車のヘッドマークこれで木次です。旧出雲駅のミニチュア横田駅、そして、標高差200メートルのスイッチバック。旅の収穫は十分。さらにダジャレが一つ。隣の出雲そろばんの産地、亀嵩の道路の看板、「ウサギはいません」。久しぶりに笑った。
]]>6月は「晴耕雨読」ということに決めた。耕と言っても実際は庭の草取り。スギナが庭を席巻し、他の植物が生存不能になりそう。チャイブなどは、1本しか生存していない。
一般に農家の仕事の7〜8割は草取りらしい。私もスギナと真剣に対峙しなくては思った。でも、雨の日には作業は出来ない。ということで、本屋さんに立ちより画像の本を購入。沢山ありそうだが、大半は、つげ義春の漫画。
ガロという漫画雑誌で、中2の時に出会う。まだまだ幼稚な小僧には解かるはずもない。でも、勧善懲悪、正義の味方全盛の少年漫画に、「ちがうんじぇねえ。」という感覚的な違和感を覚えていた頭でっかちでもあった小僧には共感できるところがあった。アナーキーで、エロで、グロであった貧しい昭和の混沌を少しだけ見ている分も皮膚感覚で分かったのかもしれない。
書棚に在ったものは、すべて買ってきた。晴耕雨読になるかが少し心配。
]]>好天に促されてかなと思いを馳せながら気が付くと近所を歩いている。意識はあるので徘徊ではないと自分を確かめる。ふと路傍に目をやると見たことのある花が咲いている。でもここで見た記憶はない。「さあ、何処で見た。なんて花だ。」うつろで、ごちゃまぜの記憶を何となくたどる、
葉のつき方に記憶が、それがヒントだ。茎を中心に放射状に覇が広がり、車のように見える。そう、クルマバソウ、名前が出た。桧原湖畔の道路だ。5年前、毎日のように自転車で桧原湖畔を走っていたのだ。その時に、葉のつき方が面白く、画像に収める。我が家の牧野富太郎さんに教えを乞うと、即座に「クルマバソウ」と、さらっと言われた記憶まで甦った。
]]>一昨年数株を植えたマイヅルソウが、植栽地域の覇権を得たようで、濃緑の大きな葉に、小さな花穂に小花をたくさんつけている姿は、給餌をされている鶴たちが、餌に群れて、時々顔を上げているように見えて、花の可憐さよりも、葉の逞しさの方が勝っているように見える。
と、覚めた感想を並べるより、元気に育ってくれて、かわいい花をたくさんつけてくれて有り難うと、素直に言いや良いのに。
今日はめんどくさい奴が前面の私でありました。
]]>遅ればせながら、我が家の春の妖精たちを紹介します。現実には、画像の花はすでに終わりました「
実は、もう一つヤマシャクヤクもと思っていたのですが、降雨のため落花してしまい私も見ることができませんでした。
この後に、しっかりとお礼肥えを施して、来年「またねえー」ということにする。春というやつは、焦らすほど待たせて、あっという間に行き過ぎるものらしい。老いは、待たせずにやって来て、「おい、年寄り」と呼びかける。知らん振りを決め込むが、いろいろと自覚を促そうとする、おせっかいな奴だ。
]]>
R49を郡山向かうと」、この時期、道路沿いの山々は、全面新緑の若葉に覆われる。新緑、萌木と一言にすることで、情景を簡単に表現できる。
しかし、画像でも何となくわかるだろうが、新緑、萌木の緑は多彩で、多様なのだ。さらに、その生命の輝きは表現のしようがないと思う。
今日気が付いたことだが、通学路の横断歩道の黄色い旗が、すべて新しいものに代えられ、キラキラ輝いていた。これも新緑かもと思う。新学年を迎えた子供たちも新緑なのだから。
]]>山際の日当たりの良いところに画像の黄色く見える山吹が咲き始めるのは、桜より少し早い時期だろうか。画像は、標高500メートルくらいのこの村。雪解けの水が勢いよく流れる雪国の川岸に咲く山吹です。
私の暮らす所は標高が860メートルなので、山吹は咲かないし、燕も、雀さえもやって来ない奥山なのだ。関東平野で育った私は、山吹は春の身近な植物で、家にも大きな株が在った。福島ではどこに行っても里山地域には山際に山吹は多く自生するので、庭にはない。庭木としては、レンギョウを植えている家が多い。春は確実に少しづつ来ている。閉塞感が雪が解けるように解き放たれていくのが実感できるようになった。春は好きだといつも思うが、掌に置いてじっくりと感じていたいものではなさそうで、置いてけぼりの感が強い。
]]>裏磐梯から猪苗代に行く県道沿いには待ちわびる物が在る。画像のクロモジの開花だ。画像ではそれなりに見えるが、実際には、5ミリメートル程度の小花だ。淡い黄色は、芽吹きの幼葉に見えるので、気づかない人が殆んどだろう。これが1キロメートルほど続く。
この地域で、最も早く開花するものと思う。早いことと、その小ささ故の愛らしさに、毎年、会いたくて心ソワソワなのだ。
命躍る春はそれでなくても、心、ソワソワ、ワクワクなのだが。
]]>先日福島市に酒を買いに行った。本当は主たる目的ではない。きっと、桜桃、桃、梨、林檎の果樹園がたくさんあるから、一斉に花が咲いているだろうことを期待しての事。
遊ぶことに罪悪感が少しある世代の端くれであるから、口実が必要なのだ。期待通りにすべての花が一斉に咲き誇っているように見える。梨や林檎の白、桜桃の薄桃、桃の桃色、ドローンで俯瞰したらすごいことになるのだろう。果樹たちは成すがままに生きればよいのだが、果樹農家が商品を作るには、大変な苦労が伴う。果樹ほど投下労働量の多いものは知らない。この後、すぐに人工授粉の作業が待っているはず。花を愛でる気分にはならないだろうと思う。我が家も今年は雪解けが早い。春はもうすぐやって来る。
]]>喜多方に所用で出掛けた。会津盆地は全く雪はなく、はるかに見える飯豊山だけが雪に覆われている。これから始まる春の耕作に必要な農業用水を飯豊山がたっぷりと確保していることになる。
麓の地域にとって農業用水、さらに飲料水の源の飯豊の雪は大切なもの。恵の山ということになるだろう。毎年春の飯豊山を見て、雪の量は十分かどうかを気にしていたはず。今年も十分であって欲しい。無意識に願ったであろう。それが信仰という形に進化したのだろうか。恵の山として。
もっと間近で見たくなり飯豊町まで行く。白川ダムの上流部の陸が大量の雪解けの水で樹木が浸水している。飯豊山の抱える水量は計り知れない。結局新潟も周り、飯豊山を一周した。
小さいときから、春になると生き物の躍動に心が躍るのだろうか、ひらひらと周辺を彷徨う癖がある。今回もそれだろう。
を、
]]>彼岸に実家に両親の焼香に行った。ここ数年は、栃木でいちごを買い、土産にする。小さなサイズのいちごも売っているので、今年はジャム用に10キロ買った。
小さいものは、カットすることなくジャムに出来るので、ジャムを食べるという感覚が伴うのが良いと思う。その分蔕を採る仕事量は多いのだが。朝摘んだものは、果肉の張り感が美味しそうに思えるので、仕事自体は苦にならない。
今回作業中に思ったことは、いちごの表面の小さな突起一つ一つに種があるのだから、一粒にいくつの種があるのだろうか。10きろのイチゴの種の総数はいくつだろうか。数えきれない大きな数を「星の数ほど」というが、可視化できるが数えきれない大きな数を、「いちごの種の数ほど」というのもあり得るかな、などと愚にもつかないことを思い、自らに呆れる楽しい時間を過ごした。
昨年から上白糖でなく、グラニュー糖を使っている。以前は上白糖の酷を好んだが、最近はその酷を飲み込む感覚が辛いのだ。できるなら和三盆にしたいくらいなのだが、甘味が薄い分いくら使えばよいのかと考えると、ジャムの一線を越えそうに思うので、そこには踏み込んでいない。
]]>巷では桜の開花宣言が話題になり、いろいろな形の春がやって来てるようだ。雪国裏磐梯はそういった話には置いてきぼりで、この時期蚊帳の外である。
いつからであろうか、妻の実家のご近所のお宅の玄関脇に、3〜4メートルのミモザが黄色い花をたくさん付けるその見事な様相に魅入られた。それ以来、ミモザは私にとって春の花になった。
この時期になると、買い物で立ち寄る花屋さんでミモザを探す。先週からそろそろだろうと見当をつけていたが、昨日2軒目の花屋さんで画像のものを発見。
切り花としても楽しむ。今回は、オレンジ色のチュウリップと合わせた。でも、一番の目的は、ドライフラワーにすること。画像のように、葉を減らして、早速に吊るした。これが私の春一番。
]]>
先日の伊予柑ジャムに続いて、リンゴのジャムを作ることにした。3月になるとリンゴが熟成すると個人的に思っている。福島のサンフジで作っていたが、数年前に知人の果樹農家から、数種のリンゴを頂き、品種ごとにジャムにすると、それぞれに味の個性があることに驚いた。
ということもあって、山形朝日町にリンゴを買いに行く。リンゴ温泉があることで決めた。品種は画像のピンクレディー、酸味と甘みが共存すると記してあったので10キロ購入。
果皮が赤いのと、ピンクレディーの品種名で、果皮を煮だして、ピンクのジャムを目指した。右の画像のジャムになったが、サーモンピンクとチェリーピンクの中間というところか。パステルカラーなので、春らしくて良いということにした。
肝心の味は、しっかりと酸味を保持し、甘いだけのジャムと一線を画していると我が決定を褒めてやることにする。
余計な話だが、袋をかけずに成育させる「サンフジ」始めたのは、朝日町であったとのこと。ここはリンゴの産地であるのだ。
]]>季節の変わり目の少し前になると、知人Rさんから季節を先取りする切り絵が届く。今回は6シーンの桜の切り絵。加えて今回は画像の私の熱愛の存在縄文のビーナスの小型シートが3シーとも一緒だった。
2月29日に20キロの大豆ともち米を前日から浸水し、炊いて、塩切麴と合わせ味噌を仕込んだ。こんなに大量に仕込むのは初めて。べったら漬けを仕込むつもりのもち米がやらずじまいで残っていたので、こんなことになってしまった。
昼、夜ともコンビニ弁当にせざる得ないほどへとへとだったが、このRさんのプレゼントは疲れを一気に吹き飛ばした。
この贈り物は、2枚重ねのB5のクリアファイルに入れ、尚且つ厚紙まで入れている。小さな心遣いがたくさん詰め込まれたものは、人の心を解きほどく。
]]>今年も友人M氏から伊予柑」が届く。画像は、10キロの伊予柑の天地を切って、果皮を剥き、長さ4〜5センチの千切りにしたものを、柔らかくなるまで2回茹で零し、流水に晒し、渋みを少し抜いたものと、渋皮を切り落とし、果肉を取り出したもの、種を煮てペクチンを抽出した液、鍋の中の伊予柑の総量の20%のグラニュー糖が入った状態のもの。加熱はこれから。
「そのまま食べられるジャム」というのが妻の厳命であるので、グラニュー糖の量は正確に測る。
10キロの伊予柑を画像の状態までにするのは、少し根気がいるが、今回は、先日求めた古今亭志ん朝のCDを聞きながらの作業であったので、はかどった気がする。
伊予柑のパステルイエローと軽やかな酸味、自己主張感の希薄な香りは、早春の軽やかさというか、曖昧さと似ているように思うので、これは、私にとっての春一番ということになる。ついでだが、伊予柑は、今回もそうだが、田中島のものが軽やかでよいと思う。
]]>毎年友人Y氏から干支のこけしというのか、轆轤て挽いた人形が届く。実に愛らしく、無駄のない洗練されたフォルムに感じ入る。
彼には昔、父が信仰していた仏像を彫ってもらったこともある。
倫理科の高校教師としての道を歩んだが、私には何が余技だか分からないくらい多彩な顔を持つ不思議な友人である。余技があるということは余生を過ごす暇はなく、第2第3の人生を過ごすということなのだろう。うらやましい限りということです。
私に余技は見当たらないので、今の仕事を今少し続けることが、第2の人生でなく、第1、5の人生なのかななんて思う。
]]>次兄が栽培、そして下処理をしてくれた。雪のため自宅での加工が無理で、茨城の友人、Iさんの庭を借り、加工をするつもりでいた。Iさんは加工の手伝いもしてくれた。
Iさんのお陰でワイヤーのデッキブラシが使用できたため、画像のように外皮がとれて、きれいな穂先になった。
今回は、ステンレスと銅の針金を巻き付けて、強い結束力と装飾を求めた。画像の結果だが本人は納得です。
なんでも能力を考えず、興味が突っ走り、結果多くの人を巻き込んで、大迷惑を引き起こすのが、私の人生でさえあるようだ。十分に懲りてはいるのだが、いまだ止まずの結果でもある。
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去年はショルダーベーコンのカット面の豪快さに惚れて、肩肉でベーコンを作った。カット面が大きすぎて、扱い難く結局小分けにせざる得なかった。肉屋さんのような大きなスライサーは無いのだから。
今年は画像のように肩ロースで作った。これならカットも楽。少し集めにカット。バラ肉のベーコンのように肉の内に脂肪がそこそこあるので、油は敷かない。弱火で好みにソテー。後は、その油を使って自由にアレンジ。
肩ロースは食味が濃いので何と合わせても主役、脇役両方熟せる奴ということ。最近ベーコンもどきが多いので、ベーコンも自作かと考えると少ししんどい。
今回は、フライドエッグとほうれん草のソテー、バターを少し足して。骨太の朝食になった。
]]>この時期、新潟のEさんから、ル・レクチェが届く。一箱をすべて食べごろに食べるのには、それぞれ保存場所を変えて,一人時間差攻撃を仕掛けるしかない。それはそれで楽しいのだが、失敗したときの虚しさは結構大きい。
そこで昨年は、コンポートとタルトを作った。その結果、タルトに対するハードルが下がり、今年は、桃、無花果、などで遊んでいる。ル・レクチェのなめらかな食感はジャムにしたら美味と思う。でも糖度は十分だが、酸味にかけるので踏み出せずにいた。でも、今年、剣山に登りに徳島に行った折、酢橘を買って酢を作っておいたので、甘さを考慮し、20パーセント弱のグラニュー糖と、酢橘酢と合わせる。狙い通り、ミルクイエローの丸い酸味と、丸い食感の私とは対極にある淑やかなジャムが出来上がった。
]]>11月末日に、3年間ほったらかし味噌が出来上がったと思われるので開封。通常は、お盆過ぎに、仕込んだものの上部と下部を入れ替える天地返しを行う。私のは、3年という長期の熟成だが、その間何もせず、ひたすら麹、大豆、塩の」有機的な渇仰に委ねる。それぞれを信じて。ちょっとカッコよいかな。
仕込むときに大豆を潰さないので、出来上がり時にフードプロセッサーで潰す。この味噌は、いつもの麹が間に合わず、別のもので仕込んだ。さらに、もち米が余っていたので、大豆の半量それも加えた。秘かに甘味を期待していたが、さほどではなかった。しかし、溜まりが大量に出来、旨味は増したのからも知れない。
出来た嬉しさに皆さんにふるまったため、我が家の分はパック半分程度。来年は市販の味噌ということになりそう。仕方ないので、来月には1年でできる味噌を仕込むつもり。
]]>今日、役場で会議があり、久しぶりに喜多方方面に出向く。早く着いたので、近くに会津地方では比較的初期に建設された小規模水力発電の遺構があったはずと思い寄ってみる。遺構自体は他の施設に転用されたのか、よく分からない。また今度ということにする。
車を止めた反対側に、画像の房状の実が目に入る。縦30センチ、横10センチくらいの大きさ。ふと、漆の実かもしれないと思い画像を撮っておいた。会議の参加者数人に聞いたが分からないとのこと。
帰宅後、調べると漆の実であった。葉は枯れていたのに何となくそんな気がして、大正解。藤沢周平の「漆の実のみつる国」という、米沢藩を舞台にした作品がすぐ頭に浮かぶ。昔、この実から蝋分を採って、蝋燭が作られていて、商品,換金作物として栽培を始めた。しかし、まもなく、ハゼから採れる蝋分が品質が良く漆の実は駆逐される。という話だったと思う。
私が和蝋燭を購入する滋賀県今津の蝋燭店の話だと、ハゼ蝋も四国だけで、小規模にしか生産されていなくて、材料の確保も大変とのこと。漆の実の発見から少し話が広がった1日。こんな日も在りかな。いつか漆の蝋燭もあるなら点してみたい。
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炬燵布団を買いに郡山に出かける。夕暮れに少し時間がありそうと思い、二本松の山間部を通って帰ることにした。標高が低いためか、紅葉が残っている。秋の夕暮れは、三夕の歌ばかりでなく、自分の夕暮れを日本人すべてが持っていると行っても良いかもしれない夕暮れだ。
そんなことを思っていると、ラジオから、スペシャル懐かしい曲が流れてきた。「ズビズビズー」。小学4〜5年のころ、「ザヒットパレード」というアメリカンポップスをカバーした歌番組にはまっていた。演歌のこぶし回しが好きになれなっかった反動だろうと思う。森山加代子がカバーしていた。聞きなれたアメリカンポップスと少し毛色が違うのがはまって良く口ずさんでいた。
すると、好きで、秘かに心を寄せていたYちゃんが、「染谷君は変な歌ばかり歌って不良みたい」と言った。
その時の状況と心の痛みが瞬時に戻ってきた。
続けて聞いていると、アメリカでなく、フランスのポップスが始まりとのこと。やはり感覚が少し違うのだ。さらにズビズビズーはキスをしてという意味らしい。不良小学生その通りということです。
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昨日だったか、磐梯山や吾妻山の上の方が白くなっている。例年より遅い感はあるが、確実に冬は間近に、もうそこまで来ているようだ。
慌てて、シャクナゲの雪囲いをした。妻は、自然界では雪囲いなんてないのだから、自然に任せるべきという。しかし、花を愛でたい自分には鑑賞の植物であるのだから仕方がないと思っている。植物を加工することを植物は望んでいない。植物の尊厳を失する行為は慎むべきというのは確かに分かる。しぜんあふれるここに住んでからは、庭や、盆栽などに興味は無くなったが、シャクナゲはやらかしてしまったので仕方ない。ここに連れてきてしまったのだから、命は守ろうということにしておくことにした。
木の芽みそやちりめん山椒が好物なので、山椒は手元にと思い、有馬山椒の木を植えた。妻の言ではこれもアウトだろう。勝手に連れてきたので、実はほぼつけない。雪囲いをしてやろうと少し剪定を始めたら、真っ赤に熟した実を2つ発見。「紅葉叢中紅二点」ということだろうか。2粒ではちりめん山椒にはならない。先日、旅の定宿でお土産に頂いた小鮎のつくだ煮は、山椒の葉がいっよに炊かれていた。来年は山椒の葉でちりめん山椒を作ってみよう。そんなことを思った秋晴れの雪囲いでした。
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一般にパノラマの様な紅葉を、人は愛でている。そしてこのころになると、多くが落葉した後に、林間の中低木が紅葉する。それを残り紅葉という人がいる。一般名詞になっているかは分からないが、個人的に好きにはなれない。
その存在自体は、1木で鑑賞に堪えるという言い方も好きではないが、人を感動させるものだと思う。それを残りというのは本人には納得のいかないことと思う。
昔、故昭和天皇が「雑草という植物はない」と言ったことを思い出した。
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西日本2番めの高峰、剣岳に登ってきた。画像が証拠です。前に2回チャレンジしたが、何故か2回とも土砂降りで、今回やっと登ることができ、体力的に可能なうちに出来てよかった。年寄りはこんなことを考えるんだ。
ゴンドラを使っての登山はかなり楽なのだが、四国は山が深く、登山口にたどり着く方が大変かもしれない。昨年登った石鎚山も登山口が遠かった。山頂は画像で分かるように一面の笹原で周囲に覇を競うような山は無いので、山頂が丘のように見えることが、妙にかわいく思える。かわいいと言えば、下山途中で、登山道上で、1羽の鳥が私の存在に気づかないというより、私を無視するかのように食事に夢中になっていた。昨年の石鎚でも、ホシガラスが私を無視して、食事に夢中であった。四国の鳥は大胆なのだろうか。お陰でビンズイを2メートルの距離で堪能した。
昨年は雲海の中で剣岳だけが見えた。今回は雲海が石鎚を隠している。来年はどこに登れるのだろうか。
]]>画像では分かりにくいが、これは地元産、花豆で作った甘納豆です。近所の方からの頂き物ですが、前に煮たものを缶詰で頂いてあるので、今回、同じ煮豆にしたのでは、芸がないので、初めて甘納豆に挑戦。
妻が小豆で、粒餡を作るレシピを参考にして、2回茹でこぼし、3回目に崩れないように弱火で軟らかくなるまで煮る。その後、豆と同量のグラニュー糖を入れすこし炊いてから、火を止め、煮汁を豆に含ませる。その後、網の上で豆を干して、グラニュー糖を絡ませて完成ということにした。
掌皿サイズのものに、少し小洒落た風に盛ったら、形も分かるし、美味しそうにも見えたろうに。何か黒い塊にしか見えない。でも、「おいしかったですよ。」自画自賛です。
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先日イノハナをくれたAちゃんからのお誘いを快く受け、ウスゴロモ、別名霜降りシメジを採りにつれて行ってもらった。キノコを採る人は自分のテリトリー(代)を他人に教えることはしない。私が採るよりも食べることに関心が強い奴と分かってのことだろう。
手足を使わなくては登れないような急峻なところを超えなくてはそこに着けない。
苔があるようなところを注意深く探ること。一つあれば、周囲に数株あるはず。との指導を受け、探索。生まれて初めてウスゴロモを発見。この時の胸の高鳴りが、茸採りを趣味にする人の麻薬なのだろうと思う。
自分では3株くらいとったろうか、大半はAちゃんからの頂き物。早速、持ち帰り、ぬるま湯につけ、汚れを取り、大根、白滝、葱といっよに煮る。あくはあまり出ない。美しいキノコなので、薄口醤油で味付け。この量で大ぶりの汁椀2杯分になった。
ウスゴロモの名は霜が降りた茸の姿の形容かと思っていたが、香りと味のゆるぎないが、ふわふわとどこかに行ってしまいそうな移ろいやすさを想起させる味と香りを例えたのかもしれない。顆粒カツオ出汁は当分の間さよならしたい。
]]>今年もツルウメモドキの実が黄緑から少し黄色くなり始めた。ここが採集のチャンス。この時期を逸し、果皮が割れてしまうと、中の朱色の果実が枝から落ちてしまう。
賑やかなものはあまり好まない女房殿であるが、花は、黄色いバラとか、ローズピンクのガーベラなど賑やか系が好みである。個人の嗜好に一貫性を求めても詮無いことではある。この黄色と種のツルウメモドキの果実も好きで一年中飾っている。昔はこの時期になるとその辺を探しあるいたが、近年は十分に採集できる場所を発見。高枝切りばさみさえ有ればよい。
今年も機を逸することなく年中行事の一つをクリアー。この歳時記のような生活は、AIを搭載したロボットなら可能だろう。俺はロボットレベルの生活かな。変化を求めがしないが、あえて避けようともしてはいないのだが。
「うむう。やっぱりAIじゃ嫌だ。」
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花も終わり、我が家の宿根草は、来年の発芽の為に茎を鎌でカット。思い切りスッパっと、薪割は今年から断念したが、この作業もちょっとだけ爽快。己の足をこれ以上短くはしたくないので、注意が肝心。
すこし調子込んでいると、小さな蝶が目につくほどの数で群れている。シジミチョウであることは分かったが、何とかシジミは沢山いるのでちょっと調べてみた。どうやら、「ウスアオオナガウラナミシジミ」らしい。他の種と区別して特定しようとすると、外見的特徴を羅列、明記するのが手っ取り早いことは確か。
きっと覚えるのは無理だが、何故かたのしくゆかいで、笑みが浮かんでいる自分がいる。「ウスアオオナガウラナミシジミさん」と声をかけてしまった。
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存在は知ってはいたが、木造町の駅の玄関の上に鎮座する」大きなモニュメントのようなものを見て以来、遮光器土偶に心を大げさかもしれないが鷲掴みにされた。変に思われることを危惧して、女房殿を初め、誰にも言っていなかった。
豊満な肉感的な肢体と、大きな目、そして少し拗ねたような突き出した唇は、私にはブリジットバルドウだと思わせた。土偶は制作年代も、発見場所も形も、そして地域もバラバラなので、制作意図は特定できず、モチーフがあるのかなど、疑問だらけなので、逆に勝手な想像が許されているものだったと思う。お陰で私も、肉体派女優さんにさせていた。
しかし、今回、「土偶を読む」という本で、制作意図は完全に解明ではないが、モチーフは納得という気がする。わが恋人はサトイモがモチーフで、冬季間の種芋の保存の成就を願っての偶像だということらしい。
肉体派女優が、サトイモにランクダウンしたとがっかりしていたら、郵便局で、画像の小型シートを発見。東北の縄文遺跡が世界遺産になったことの記念切手だ。彼女は記念切手になった。しかもシートのトップ女優だ。「やったー!すごい」もちろん瞬間ゲット。保存版、永久保存版を含め、3シーっとは欲しかったが、小さな局なので1枚しかなかった。周辺の局には全くない。です。
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薪ストーブの薪をよういした。昨年との違いは、薪を自分で割っていない。薪割は数少ない趣味の一つであったが、今年春先の除雪で右肘を痛めてしまい、気力が湧いてこない。ここぞと思うところに狙いを定め、そこに斧がスッパとはまり、薪が躊躇い無く、瞬時に二手にに分かれていく様は、己の技と力と、その発露の成果であり、他に代えがたい爽快感の源泉となる。「来年は、・・・かな。」
画像右の縦長の箱は、燻製を作る箱。今年もバーコンは12月に作る予定。スモークサーモンはどうしようか。友人は、秋田名物の「いぶりがっこ」を作っている。
最後に画像中の植物は、赤花のダイモンソウ。園芸種ではあるが、この季節に華を添えてくれる花だと思い7株ほど育てている。
冬に向かって全速力の裏磐梯であります。
]]>最近マッサージに通っている。今日もマッサージ。出がけに玄関先のコキアに挨拶。今年作ったコキアの箒からこぼれた種が、道路と玄関の僅かな隙間に生を得た。一時期、道路の舗装の僅かな隙間にタンポポや大根が発芽して成長した物が話題になった。我が家のコキアにも根性コキアの名を進呈しようかとも思いながら、マッサージを終える。心に少しいつもと違う風が吹いて、久しぶりに本屋さんに行く。「月のこよみ2023」という本を買う。来年の365日の月齢が月ごとに分かるようになっている。そして、月ごとのトピックスが少し書かれている。月齢は新聞やweb掲載の正午月齢でなく、実際に月を見る機会の多い、21時の月齢を記載している。
本屋さんの後に喫茶店にも入る。一人で喫茶店に入るのは、仕事をサボるとき以外なかったので、30年以上ぶりの珍しいことになった。今日はへんてこりんな日になったが、飲んだ最も深煎りのコーヒーはすこぶる美味であったので、今日は良い日ということにする。
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福島に暮らして30年半ばが過ぎる。この地では、秋になると、未熟の無花果を皮ごと甘露煮にする。幼少よりフレッシュの無花果は匂いがダメで、食することのできない物の一つだ。そのため、無花果に心が動いたことはなかったが、ゼラチンで固めたようなジャムが嫌で、自作するようになってから、無花果のジャムは秋の定番になっている。
今年は、時期を逸したようで素材の無花果が手に入らない。9月中旬に1度、無花果のタルトを作って、安心していたら、何処にも無くなった。一昨日、焦って探し回り、やっと8キロ手に入れる。今年もどうにか間に合って、作れることに感謝の気持ち。いつものことがいつもの様にできることで安心ができる。新鮮味は全くない日常の連続だが、日常を維持することが今は精一杯の様だ。
タンパク質分解酵素の乳液状のものが出てくるので、しっかりゴム手袋でガードをして、皮をむいて、半割にした時の果肉の赤紫がとても好きで、これがどんどんとたまった時の鍋いっぱいの赤紫、無花果色に心がいっぱいになる。少し変な奴です。
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